高齢者医療福祉の今とこれから4:介護離職ゼロを目指す仕事と介護の両立支援とは

皆さんは「介護離職」という言葉を聞いたことがありますか?
家族等の介護を理由に仕事を辞めることを「介護離職」と言います。
近年では、以前はなかなか目を向けられることの少なかった介護する側の負担や問題点がよく着目されるようになり、介護離職もひとつの社会問題としてクローズアップされるようになりました。
仕事を持っている人が介護をする立場になったとき、必ず浮かび上がってくるのが仕事と介護との両立の問題です。
仕事を続けたいのに介護のために辞めなければいけない、という状況に陥らないためには、一体どうすればよいのでしょうか。

1.「介護離職」はなぜ問題か

そもそも、介護を理由に仕事を辞める、という離職の仕方自体は、最近になって出てきたものというわけではありません。
2000年に介護保険制度が始まるまでは体系的な介護サービスも確立されておらず、さらに日本では昔から高齢になった親などの面倒を家族みんなで見るのは当たり前、という風潮も強かったので、あまり問題視されることがありませんでした。
介護保険制度が始まっても、最初から今ほど充実したサービスがそろっていたわけではなく、また一気に介護サービスの利用が普及したということでもありません。
それでも徐々に家族内だけでの介護から外部のサービスを活用した介護へと変化してきたわけですが、なぜ近年になって、介護離職の問題が大きく取り上げられるようになってきたのかと言うと、ひとつには、介護においては要介護者本人に対する援助だけではなく、介護する家族への援助も重要だという認識が広く社会に浸透してきたということがあります。
介護が必要な家族がいても、自分の生活を犠牲にしてまで介護中心の生活になったり、心身に強い負担を抱えるような状態になるのは好ましくないと考えられるようになってきました。
そして介護離職が着目されるもうひとつの理由は、年々、高齢者人口の増加とともに介護や支援の必要な高齢者が増えており、さらに今後も増え続ける見込みだからです。
高齢者を介護する家族は、多くがその子供の世代であり、ちょうど職場の中心となるような働き盛りの世代にあたります。
介護が必要な高齢者が増え続ける中で、それにともなって仕事を離れる人が増えてしまうことは貴重な労働力を減らすこととなり、やがて企業や社会全体にも影響が及ぶことになりかねません。
実際に、介護離職に関する調査でも、離職者の年齢で最も多いのは50代の35.5%となっていますが、29歳以下や30代もそれぞれ1割程度を占めています。
このような理由から、現在、国としても「介護離職ゼロ」を目指した取り組みを掲げ、制度の拡充など仕事と介護の両立のための政策が推進されています。

では、個人にとっての介護離職のデメリットとはどのようなことがあるのでしょうか。
まず、その人自身の人生が歩めなくなってしまうこと、仕事におけるキャリアや人生設計が家族の介護によって変更を余儀なくされたり断たれてしまうことは、悲観や不全感につながることもあり、決して望ましいこととは言えません。
また、経済的な問題もあります。
継続的な介護には、介護保険などを利用したとしても、一定の経済的な負担はかかります。
仕事を辞めて収入が減ることにより、お金のかかるサービスを利用せずに自分でなんとか介護しようとなれば心身の負担が余計にふえてしまいますし、あるいは介護以前に生活が困窮してしまっては元も子もありません。
さらに、介護が終了した後の、自身の生活の経済的基盤のことも考えておく必要があります。
本当に介護に専念したい、専念できる状況で退職するのではなく、本当は仕事を続けたいけれども介護をするから仕事は諦めなければいけない、と思っているのであれば、仕事を続けながら介護をすることを前提に、介護の環境を整えていくべきなのです。

2.仕事と介護を両立するための「事前準備」とは

それでは、介護離職をしないための「仕事と介護の両立」について、改めて考えてみましょう。
仕事との両立という視点で見たときの介護の一番の特徴は、
▶ある日突然、介護が必要な状況になるということがありえる
▶介護が必要な期間が人によってさまざまである
この二点です。
認知症や慢性的な病気の進行、あるいは年齢とともに徐々に要介護度が上がっていく場合もありますが、突発的なケガや病気で急に介護が必要になるケースは多々あります。
一時的な介護で元の自立した生活に戻れる場合ももちろんありますが、そのまま一生何かしらの介護が必要な状態となることもあるのです。
仕事との両立や誰かの面倒を見る、という面でよく比較対象にされるのは育児ですが、育児はある日突然起こることは基本的にありませんし、年齢とともに先の見通しが立ち、また子供はたいてい、成長するにつれて徐々に手かがかからなくなります。
育児となると、妊娠中から出産後の準備をしたり、生まれてからも早めに入園や進学について必要な情報を調べたりするものですが、介護についてはどうでしょうか。
事前の準備や知識がないまま、ある日突然介護が身に降りかかり、いつ終わるのか終わらないのか先の見通しも立たないため、途方に暮れてしまうのです。
また実際に介護が必要な状況になってから、慣れない介護をしながら仕事との両立を図るための方法を調べようとしても、思うように進まなかったり時間がなかったりして、結局対応自体が後手に回ってしまう恐れがあります。
今のところ介護は必要ない、という人こそ、何も起きていない、余裕のあるうちに、ある程度の事前準備をして、介護がいつ始まっても慌てずに対処できるようにしておくことが大切です。
初期段階に早い対応をすることで仕事をしながらの介護の体制をすばやく整えることができ、仕事への影響を最小限に抑えることにもなります。

具体的に、事前に準備しておくと良いこととしては、以下のような内容が挙げられます。

①介護保険制度や介護サービス、また仕事との両立支援制度について知っておく
介護保険制度や両立支援制度を利用するためには、必要な申請をしなければなりません。
それぞれ申請から利用開始までにある程度の日数がかかりますので、必要な状況になったらすぐに申請できるよう、どのような制度があり、どういった手続きを踏めばよいのかなどを知っておきましょう。
勤務先によっては、独自の支援制度がある場合もありますので、自分の勤務先で受けられる支援はどういったものがあるのか、利用条件はあるかなども確認しておくとよいでしょう。
また、介護サービスにもさまざまな種類がありますので、どのサービスがどういった心身の状態や生活の状況に対応しているかなど概要を知っておくとよいのではないかと思います。

②介護が必要になったときの相談先や窓口を知っておく
介護を受ける本人がお住まいの地域を担当する地域包括支援センターがどこか、また自身の勤務先の相談窓口(人事や労務が担当部署である場合が多い)や休暇等の申請先を把握しておきましょう。

③日頃から家族や近隣住民と良好な関係を築いておく
制度申請中など介護の初めの頃は特に、周囲の人たちとの協力が必要不可欠になります。
認知症や一人暮らしの高齢者などは、近所の人にお世話になることもあるかもしれませんし、顔を合わせたときに挨拶を交わすだけでも高齢者の安否を確認できる見守りになります。
また介護を受ける本人も含め家族や親族とは、もし介護が必要になったらどうするか、フランクに話し合っておくとよいでしょう。
急な入院や介護に必要な、介護保険証や通帳などの場所、医療保険等への加入の有無などもあらかじめ確認しておくといざというときに安心です。

3.仕事と介護の両立のポイントは?

では、実際に介護が必要になってからは、仕事との両立のためにどのようなことをすればよいのでしょうか。

①介護保険の利用申請を早めに行う
介護保険サービスを受けるために必要な要介護認定は、利用申請から認定が下りるまでに1カ月ほどかかる場合もありますので、早めの申請が肝心です。
申請に関しては地域包括支援センターか、入院中であれば入院先の退院支援窓口にまずは相談してみてください。

②勤務先に介護を行っていることを伝え、必要に応じて両立支援制度を利用する
「家庭内のことを職場の人に言いたくない」「介護をしていると知られると重要な仕事を任せてもらえなくなるのでは…」などさまざまな思いから介護を行っていることを職場に伝えない人も少なくないようです。
しかし、たとえば必要な申請をして休暇や遅刻早退などを行っていても、周囲の同僚など理由を知らない人からは勤務態度や仕事に対する姿勢を逆に疑われてしまうことにもなりかねません。
介護が長期にわたる可能性がある場合はもちろん、介護体制が整うまでの初期の段階にも行政での申請手続きや相談などで数時間の遅刻や早退が必要、というようなことはよくありますので、直接の上司や業務上のかかわりがある同僚などには説明して、理解を得られるようにしたほうがよいかと思います。

③自分で介護をしすぎない
仕事をしながらすべての介護を自分で行うのは、時間的にも体力的にも大変な負担がかかります。
公的サービスをはじめとした介護サービスを適切に利用し、無理なく介護が行える体制を整えることが、極力働き方を変えずに済んだり、介護離職を避けることにつながります。
自らが介護を一手に引き受けるのではなく、どうやって介護をしていくか全体的な計画を立てる立場である、と自身のことをとらえると良いかもしれません。

④担当ケアマネジャーと信頼関係を築き、なんでも相談する
要介護者とその家族のニーズを把握し、「ケアプラン(介護サービス計画)」を立てるのがケアマネジャー(介護支援専門員)です。
ケアマネジャーの職務として、援助する対象は要介護者本人だけでなく、介護にあたる家族も含まれていますので、仕事の状況や困っていることなど、些細なことでも相談してみると、より適切な介護サービスの選択などにつながると思います。
もちろんそのためには、担当ケアマネジャーとの信頼関係を築くことも大切です。
もしどうしても担当者と合わないような場合は、担当者の変更も可能ですので、ケアマネジャーが所属する事業所や地域包括支援センターもしくは自治体の介護課などに相談して対応してもらってください。

⑤介護にとらわれすぎず、自分の時間を確保する
自分一人で介護を抱え込んだり、介護のことばかりを考えていると、疲れがたまって悲観的になり「介護うつ」の状態を生む可能性があります。
うつ状態になれば、仕事や生活全体へも良くない影響を与えかねませんし、介護される側にとっても、介護にかかわる家族が心身ともに健康であることが望ましいものです。
自分の生活や健康を第一に、そのうえで介護サービスを利用したり他の家族の協力も得ながら、介護にかかわっていくようにします。
また介護サービスは、自分で介護できないときに利用するだけのものではなく、介護者の休息やリフレッシュのためにも利用されるべきものですので、休みの日に合わせて介護サービスを利用するなどして、自分の自由な時間も必ず確保するようにしてください。
介護は終わりがわからないことも多く、仕事をしながら介護をしている人の2~3割は5年以上(10年超も含む)介護を続けているという調査結果もあります。
仕事と介護の両立を長く続けるためには、自分を犠牲にすることなく、周囲と協力しながら、気持ちに余裕を持って介護にあたることが肝要と言えるのです。

4.両立支援制度にはどんなものがある?

仕事と介護を両立するためには、公的または自費での介護サービスの利用と、職場における両立支援制度の活用の両方が必要です。
「育児・介護休業法」で規定されている両立支援のための制度や措置には以下のようなものがあります。

●介護休業制度
介護のために一定期間のまとまった休みが取れる制度です。
介護が必要な対象家族1人につき3回まで、通算93日まで取得できます。
介護休業は、自身が介護を行うため以外に、今後に向けて仕事と介護を両立できる体制を整えるためのまとまった時間を取る、という面で大いに活用できます。
注意したいのは、休業開始の2週間前までに事業主への申請が必要であるという点と、各企業ごとの労使協定によっては、週の勤務日数や勤続期間が短い場合など制度利用の対象外となる可能性がある点です。
事前に内容や手続き方法を知っておき、上手に活用して介護が必要になった早い段階で仕事との両立体制を整えることができれば、介護離職の回避にもつながる制度です。

●介護休暇制度
介護が必要な対象家族が1人であれば年に5日まで、2人以上であれば年に10日までの休暇を、1日単位または半日単位で取得できます。
突発的な事情で休まなければならないようなときに、当日の申請でも利用が可能です。
こちらも労使協定により、職場によっては利用できない対象者が決められている場合があるのでその点は注意が必要です。
急な申請の際に、社内のどこに連絡したらよいのかなど、事前に把握しておくようにしましょう。

●所定労働時間の短縮等の措置
事業主は、以下のいずれかの制度を、介護休業とは別に、介護が必要な家族1人につき利用開始から3年間で2回以上の利用が可能な措置を講じなければならないとされています。
①短時間勤務制度 ②フレックスタイム制度 ③時差出勤制度 ④介護サービスの費用助成

●介護休業給付金
雇用保険の被保険者が介護休業を取得した場合に、一定の要件を満たせば原則として介護休業開始前の賃金の67%が支給される制度です。
2021年の実態調査でも、全体8割以上と多くの企業が介護休業中の賃金の取り扱いは無給としているという結果が出ていますので、きちんと申請して給付を受けるようにしましょう。

●不利益取扱いの禁止
事業主に対し、両立支援制度の申請や利用を理由とする解雇など、従業員に対して不当な取り扱いをしてはいけないと定められています。

●介護休業等に関するハラスメント防止措置
事業主は、両立支援制度の申請や利用に関する言動により労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じたり、適切に対応するための必要な体制(社内の相談窓口など)を整備するなどの措置を講じなければならないとされています。
このほかにも、

●法定外時間外労働の制限  ●深夜業の制限  ●転勤に対する配慮
といった規定もあります。
また、勤務先で申請を受けてもらえない、不当な取り扱いやハラスメントを受けたが社内で対応してもらない、などといった場合には、都道府県の「労働局」や勤務先を管轄する地域の「労働基準監督署」などが相談を受け付けています。
なお、企業によっては、公的な両立支援制度以外にも独自の支援制度や福利厚生サービスを設けていたり、在宅勤務などで柔軟に対応してもらえる場合もありますので、勤務先に確認してみるとよいと思います。

2021年の仕事と介護の両立に関する調査では、企業において介護をしている従業員がいる割合は、正規労働者全体で35.2%、従業員1001人以上の大企業では73.7%と、介護をしながら仕事を続けるということは決してめずらしいことではなくなってきています。
もしかしたら自分だけではなく、身近な同僚などにも介護をしながら仕事をしている人がいるかもしれません。
まだまだ実際の職場における課題はたくさんありますが、家族の介護は誰もが直面する可能性のあるものととらえ、職場内でお互いに協力し合うなど、これからは仕事と介護の両立が当たり前である社会となるよう、企業はもちろん労働者ひとりひとりの意識も変えていくことが、介護離職ゼロにつながっていくのではないかと思います。

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