あの時気付いて誰かに相談していれば~精神疾患のある父の話~

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「家には⼊らないでくれ」
ある⽇突然、突き放すように放たれた⽗の⾔葉に娘のアキは⼾惑いを隠せないでいた。
「え、どういうこと?1週間前に会ったときは⼊れてくれたじゃん」
「駄⽬なものは駄⽬だ、話なら外でしよう」
「まぁ…いいけど…」
とにかく家に⼊れたくないといった状態で、実の娘であっても頑なに拒む仕草をされる。
今思えば、そこで無理やりにでも家に⼊ればよかった。
でも私は、胸の中で抱いた違和感を忘れるように、⽗の⼤丈夫だという⾔葉を信じることにしたのだった。

__半年後。
家には⼊れてくれなくなったものの、外で会い連絡だけは取ってくれていた⽗。
少し認知症のようなものを疑う場⾯はあったりはしたが、会話も普通にできていたので気に留めないでいた。
でも⽗からの連絡が途絶えて3⽇。
最初は忙しいんだろうと思っていたが、電話も出てくれない。
これはさすがにおかしいでしょ…
私は何かあったのかもしれないと急いで⾃宅を出て、⼊るなときつく⾔われていた⽗の家へと向かった。
「ねぇお⽗さん、⼊るよ?」
アパートの郵便受けの中に安直に隠してある合鍵を使って、ガチャガチャと扉を開ける。
平静を装ってはいたが、⼼の中には完全に焦りの⾊がにじんでいた。
「なに…これ?うそでしょ、ゴミ?」
建付けが悪くなった扉の先には、いたるところに積み上げられた数え切れないほどのビニール袋が詰まれていた
いくつかの袋にはハエがたかり、⽩かったはずの袋は薄茶⾊に染まっている。
おまけに部屋の奥にある窓には遮光カーテンが2重に重ねられ、光が差し込まない状態だった。
「テレビでしか⾒ない光景じゃん…ねぇ、ちょっとお⽗さんどういうこと、いるんでしょ?」
かつての帰る家だと思えるような懐かしい光景なんてものはなく、⽬の前に広がるのは薄暗いゴミ屋敷。
家の中へと進む通路には⾜の踏み場もないほどモノが重ねられ、⾒るに堪えない状況だった。
⼊り⼝から声をかけても反応がない。
アキは仕⽅なしに、ガサガサと煩わしい⾳が鳴る袋を踏み分けてリビングのある⽅へと進む。
「えっ、お⽗さん!?」
⼤丈夫!?という声と共に駆け寄ると、そこにはうつ伏せで倒れる変わり果てた⽗の姿があった。

__「もう少し発⾒が遅れていれば危なかったです」
本当によかった、と説明してくれたのは病院の先⽣。
⽗を⾒つけた後、私が呼んだ救急隊の⼈たちに助けてもらったのだが、家の中にゴミが多すぎて救助できず結局窓から助け出してもらうことになった。
恥ずかしいような、助けてもらえてよかったような複雑な⼼境の中、担当してくれた先⽣は「今の容体と今後ついてお話します」と⾔って、私を診察室へと通してくれた。
「お⽗様からは脳梗塞と脱⽔症状が確認できました。幸いにも後遺症は残らなさそうですが、発⾒されたときのお部屋の状態も踏まえて考えると、今までと同じように1⼈暮らしは難しいでしょう」
「介護…ってことですよね。でも私ももう結婚しているので、⼀緒に暮らして⾯倒を⾒るのは難しいです」
脳梗塞だけでなく精神疾患の疑いもあるかもしれないという事実に、⼼の中でどこか合点のいく節々が⾒つかった。
あれは認知症なんかではなく、精神疾患の現れだったんだ。
もっと早く対処はできたはずなのに、もっと早く誰かに相談していればこんなことにはならずに済んだかもしれないのに。
「わかりました。では終⾝利⽤が可能な施設をいくつかご紹介します」
あまり気を落とさないでくださいね、よくあることです。
そう⾔って先⽣は優しく慰めてくれた。
「ありがとうございます…」
ご家族でよくご相談なさってください、とパンフレットをもらい、診察室を後にする。
⼤変なのはこれからだ。
果たしてお⽗さんは終⾝施設の利⽤に納得してくれるだろうか…
いや、納得してもらわないと困る。
そう⾃分に⾔い聞かせて、重い⾜取りで⽗のいる病室へと向かった__

あの時気付いて誰かに
相談していれば
〜精神疾患のある⽗の話〜